NO.96 溺れる魚 2





三蔵の足が止まった。

は見ない振りでエントランスへと向かおうとしたが、三蔵は腕をつかんで

その場に居るように無言で伝えてきた。

婚約者と相手の女性が目の前まで来て、三蔵とにようやく気がついた。

「やっ・・やあ、どうしてここに?」

さすがに気まずいのか 幾分声が上ずっている。

「食事の後 俺がお前に渡す書類を に頼んだんだ。

もうとっくに帰っていると思ったんだろうが、

お前のキャンセルが遅かったんで その分が遅れてきた。

お前は?」

それに答えたのは 彼ではなく、隣の女性だった。



彼女はあからさまに自分は彼の恋人だとでも言うように、腕を絡めるとにっこり笑った。

「こんばんわ、私 カンナと言います。

彼とはもう半年の付き合いなんですよ。よろしくお願いしますね。

お2人も恋人ですか?」

彼女は何も知らないらしく 三蔵とに笑顔で挨拶をした。

三蔵がを掴んでいた手を離して、彼の方に殴りかかろうとするのを

は寸でのところでその腕をつかまえる事が出来た。

「三蔵さん、そんな必要無い。

もう充分に気持ちは理解できたから・・・・ね?」

はそう言って 婚約者の方を向いた。

左手の薬指にはまっていたダイヤの指輪を外すと、婚約者の彼に手渡した。

「理由は言わなくても分ると思うけど、貴方とは婚約を解消します。

三蔵さんとカンナさんが証人になってくれるでしょうから、復縁はありえません。

詳しい事は弁護士と相談の上、追って連絡させていただきます。

お部屋を取ったんでしょ?

もう行ったら。」

そう言って婚約者を見れば、なんとも言えない目でを見つめている。

2人は言葉を交わさないまま 立っていた。




それに痺れを切らしたのが、カンナと言う女性の方だった。

「詳しく話を聞きたいわ。」と 男を引きずるように連れてエレベーターへと乗り込んだ。

それを三蔵とは黙って見送った。

、俺の部屋に戻って熱い紅茶でも飲まないか?

男1人の部屋に入っても もう咎められるような事もねぇだろう。」

手を白くなるほど握り締めているを見て、三蔵はそう声を掛けた。

顔を合わせ辛いのか俯いているが わずかに頷いたのを見て、

三蔵は1階にまで戻ってきたエレベーターに をエスコートして乗せると、

自分の泊まるビジネススイートの部屋にを連れて行った。

ルームサービスで紅茶とケーキを取り寄せてやる。



ソファに座ったは 手にしたカップの熱を愛しむように持っている。

「不幸中の幸いなのは、まだ式を挙げていねぇ事だな。

おかげで戸籍は綺麗じゃねぇか。

離婚よりはいいだろう。」

三蔵は窓際の空気清浄機の前で煙草を吸いながら に話しかけた。

カップから視線を話さずに、はそれに頷いた。

「みんなが・・・・・・・

みんなが彼の事はやめた方が良いって忠告してくれていたんです。

私も浮気の事は、何処かで薄々は気付いていました。

彼は私のことを愛しているのではなく、母親の代わりとなって親身に世話をしてくれる女性が

必要なために結婚するんだろうと・・・・・。

あんな男でも優しかった。

いつも何処かで彼の愛は私の想いとは違うんじゃないかと思っていても 私は好きだったんです。」

の言葉に、三蔵は目を細めると「そうだな。」と 相槌を打った。




手にした煙草を灰皿でもみ消すと 三蔵はの隣に腰を落とした。

、人生で恋愛がこれが最後と言うわけじゃねぇ。

何も奴ばかりが男じゃねぇんだ。

なんなら 暫くは俺が出かけるときのエスコートをしてやるぞ。」

の手から冷たくなりかけたカップを取り上げて、テーブルに置くと

その普段より頼りなげな肩を引き寄せて抱きしめた。

「い・・・いやっ!」

三蔵の不意の行動に、は両手を胸に突き返して抵抗を見せた。

、大丈夫だ。

何もしねぇから 身体から力を抜け。

おまえ、まだ泣いてねぇだろう?

今夜は色恋抜きで俺の胸を貸してやる、ここで泣け。」

三蔵の言葉にはその真意を知って、力を抜くと素直に胸に抱かれた。




それまで 我慢していたのだろう、は肩を震わせて涙を流し始めた。

苦しそうな嗚咽が聞こえて、三蔵の胸を締め付ける。

シャツを通しての体温を感じ、流した涙の冷たさが際立つ。

可哀想だと三蔵は思った。

よほどあのろくでなしに惚れていたんだろう。

友人の彼女だからと手も出さずに見守ってきた。

幸せそうな笑顔を見るたび、それが自分に向けられているのではないと言う事を

自分に言い聞かせて我慢してきた。

それはひとえにの幸せのためだった。




だが 三蔵は偶然にもの婚約者の浮気を知ってしまった。

しかも これが初めてでもなければ、最後でもないと奴は悪びれもしない。

『黙っていて欲しい。』と言う要求に、三蔵は渋々頷いておいた。

の幸せのためにと思ったからだ。

それから暫くして2人は婚約をした。

浮気をやめて身を固める気になったのかと安心したのもつかの間、

『婚約はをキープするためだ。

あんなに条件が良くて、顔もスタイルも良くておまけに俺に惚れている女は

今後見つかりそうに無いからなぁ。』と三蔵に言った。

だから 三蔵としてもこれ以上あのままにして置くわけにはいかなかった。

このままでは が不幸になることは見えていた。

結婚する前に 何とかしてやりたい。

奴と別れても 自分と言う受け皿がある。

今度は遠慮などするつもりも無かった。



探偵を使って 2人の使うホテルからデートの予定まで、調べられるだけ調べた。

自分との間柄を考えれば 忠告をしても取り合ってはくれないだろう。

そう考えた三蔵は に直接現場を押さえられるように段取りをしたのだった。

融資を餌に食事をセッティングし わざとキャンセルさせるように組んだ。

後は偶然が味方してくれるのを 待つ事にした。

チャンスはいくらでもある。

今日で無ければ駄目だと言う事も無い。

だが、幸運の女神は三蔵に味方してくれた。

その結果が 先ほどの修羅場ということになる。

三蔵が思ったほど は見た目には乱れなかった。

落ち着いて対処できている事に、に惚れ直した三蔵だった。




どうしてもが欲しかった。

幸せに出来ない奴になど渡す事は出来ない。

確信犯的な犯行だが、を幸せにするためには許されると思う。

自分は既に恋に落ちている。

後は の心を癒してやりながら、ゆっくり落とせばいいと三蔵は思っていた。

だから まず自分の胸で泣かせてやる事にしたのだ。

が誰よりも安心できる存在になってやる必要がある。

そのためになら キスやセックスなど我慢したっていい。

そんな身体の要求は、が自分にさえ惚れてくれれば、

後からどれだけでも出来るのだと・・・そう思うことにした。



奴にだけ見せていたあの可愛い笑顔や優しい思いやりは、

自分にこそ受け取る価値がある。

そのためになら 友人一人裏切る事など瑣末な事だ。

その友人がを不幸せにするとなれば なおさらだ。

そんな男を想って泣くが愛しいと、三蔵は抱きしめる腕に力を込めた。

、心配するな。

俺があいつにを悪く言わせない。

は何も悪くねぇ、堂々としていればいい。」

子供をあやすように耳元で 囁いていやる。

「三蔵さん、ありがとう。」

そう言って、はまた新しい涙を流す。




振り切れるまで泣けばいい・・・・と、三蔵は思った。

あいつを好きだと言う気持ちを 全て洗い流せばいい。

気持ちが、真っ白になるまで・・・・・。




その涙で 海が出来てもかまわない。

の涙で出来た海でなら、溺れてもかまわないと三蔵は思った。







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「Deep Forest」連様へ献上

連様、自サイト公開1周年には素敵なイラストのお祝いを、ありがとうございました。
頂いたお気持ちの幾分かを お返しできればいいなと思います。
リクを頂きました「三蔵ドリで、略奪愛」駄夢ですが、お受け取り下さい。

2003.11.02  公開1周年ご祝儀返礼 「黎明の月」龍宮宝珠